上海駐在レポート

第 27 回「中国ビジネスの撤退②」

 第 27 回「中国ビジネスの撤退②」

    近年、企業と従業員との間での労働争議の件数が、年々増加している傾向にあります。こういった労使間の争議において、最も多い原因の一つが、「労働契約の解除」です。

    『労働契約法』において、「企業が、解散・清算及び破産した場合、労働契約は自動的に終了し、企業は従業員に対し、経済補償金を支払うもの」と規定されています。経済補償金については、支払金額の根拠が法律で明確に定められており、この根拠を基に計算した金額を支払えば、法律上何ら問題はありませんが、実務上は、この金額を巡ってもめるケースが多々あり、撤退においての従業員対応は、最も重要視すべき要素の一つとなります。補償金を巡り、経営陣が工場に閉じ込められたケース、従業員から暴行を受けたケースなど、日本ではあまり起こらない事例も頻繁に聞かれ、非常にナーバスな問題といえるでしょう。

    今回のレポートでは、前号に引き続き、中国ビジネスの撤退について、「解散・清算」、「破産」、「従業員問題」にフォーカスをあて、ご紹介していきたいと思います。

 

○ 解散・清算

    解散・清算の事由としては、主に経営不振、法改正による採算の悪化、経営方針の転換などのほか、合弁企業の場合、合弁期限の到来、合弁パートナーによる合弁契約・定款事項の不履行、合弁パートナーとの利害対立によるトラブルなどが挙げられます。

    外商投資企業の解散・清算(合弁企業含む)においては、従来、『外商投資企業清算弁法(以下、清算弁法)』に沿って行われてきましたが、20081月に当該法律が廃止されたことより、現在では、『会社法』の規定が適用されています。しかし、『会社法』では、これまでの『清算弁法』ほど詳細な定めがなく、実務上不透明な部分が多いほか、地域によってはこの『会社法』に必ずしも準拠していないケースもあるため、実際に手続きを進めるにあたっては、管轄する当局に十分な確認を行うことが必要となってきます。なお、解散・清算実務における補足として、『法に従い外商投資企業の解散及び清算業務を行うことに関する指導意見』、『外商投資企業の解散・抹消登記管理にかかる問題に関する通知』などの規定や通達も出されていますので、同時におさえておくことが必要です。

    解散・清算における実務で、大きなハードルとなる事項としては、①(合弁企業の場合)合弁パートナーの同意の取得、②当局許認可の取得、③従業員への対応などが挙げられます。独資企業であれば自社で意思決定をすることができますが、合弁企業の場合、董事会の全会一致決議(3分の2以上の董事が出席した董事会における全員の同意決議)が必要となり、まずこれが第一の関門となります。合弁パートナーの同意が得られない場合、さまざまな妨害工作を受け、手続きがなかなか進まないといったケースも発生し得ます。また、合弁事業から撤退後、お互いにこれまで同様の事業を独資で行おうとする場合、「合弁企業の取引先をどうするか」、「優秀な従業員をどちらが雇用するか」などの点も十分に話し合うことが必要となります。

    次に当局の許認可についてですが、前号のレポートでもご紹介した通り、外資の撤退は当局にとってマイナス要因であり、解散・清算における撤退では、更に「税収の減少」という直接的なマイナスにも繋がるため、なかなか認可を下してもらえないケースが往々にあります。また例え、清算が許可されたとしても、手続きを進めていく上で税金の追徴をされたり、これまで外資として享受してきた優遇・補助の返上を求められたりといったケースも多々聞かれます。なお、合弁期間満了における解散・清算の場合、法的には董事会決議や当局の許認可は求められていませんが、実務上、必要となるケースが多いようですので、この点についても注意が必要です。

    そして、最大の問題といえるのが、「③従業員への対応」です。前述した通り、中国では解散・清算で雇用契約を解除する場合、経済補償金を支払うことが法律で義務付けられており、この補助金の金額を巡り労働紛争が巻き起こるケースが頻繁にあります。よって、経済補助金の金額や清算における従業員への処遇などが非常に重要といえます。また、手続きをスムーズに進めるといった観点から、従業員に清算を告げるタイミングにも注意が必要です。こういった「従業員対応」については、後述にて詳しくご紹介させていただきます。

    解散・清算の作業自体は、一般的に数ヶ月~1年程度で済みますが、こういったハードルを考慮すると十分に時間をとり、事前にきちんとした対応策を練っておくことが望ましいといえます。


【解散・清算における手続きフロー】

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○ 撤退における従業員対応について

    「解散・清算」によって撤退する場合、従業員との労働契約は解消され、企業は従業員に対して経済補償金を支払う義務が生じます。経済補償金の金額は『労働契約法』に明確に規定されており、算出方法は下記の通りとなります(なお、中国には日本の様な退職金制度は存在しません)。

【経済補償金の算出方法】

経済補償金 = 1ヶ月の平均賃金(※1) × 従業員勤続年数(※2

(※1) 労働契約終了前の12ヶ月間における平均賃金。なお、当該地区の前年度の従業員月平均給与の3倍を上回る場合、経済補償金の支払基準は従業員の月平均給与の3倍とする。

(※2) 6ヶ月以上1年未満は「1年」、6ヶ月未満は「半年」として計算。支払年限は最高12年。

 

<計算例> 1ヶ月の平均賃金2,500元、従業員勤続年数58ヶ月の場合

経済補償金 = 2,500元 × 6 15,000

    しかし、前述の通り、この法定金額を支給しただけでは従業員が納得しないケースも散見されており、企業によってはこの法定金額に数ヶ月分を上乗せして支給し、早期に撤退を進めたという事例も実際に聞かれます。「従業員との紛争が長引けば、その分コストがかさむ」という点を考慮すると、こういった判断も賢明であるといえるかもしれません。また、特殊なケースとして、地域によっては、従業員の中に妊婦がいる場合、妊婦に対しては経済補償金のほかに、妊娠・授乳期間の生活費や、産休期間の給与、生育費用などを支給することを当局より指導されたという事例もあるようです。よって、地元当局とのコミュニケーションを密に取りつつ、従業員の状況を冷静に見極め、柔軟に判断していくことが、撤退における従業員対応として求められます。

    なお、実務面からいうと、「労働組合がある場合、従業員に清算を告げる前に労働組合に説明を行い、従業員への説明に協力を仰ぐ」、「従業員の再就職先について、できる限り斡旋を行う」、「清算に先立って業務が縮小した部門から、リストラを進める」などがポイントとして挙げられます。

    また、従業員へ清算を告げるタイミングは手続きをスムーズに進めるためにも、審査機関より認可を得た後の方が望ましいといえますが、この点においても事前に当局へ確認する必要があります。地域によっては、許認可を得るための申請書類の一つとして、従業員からの清算同意文書の提出を求められるケースもあるためです。

    この様に、従業員への対応は非常にナーバスな問題であり、一歩間違えるとうまく立ち行かなくなるという事態に成りかねません。従業員への説明・交渉は通常、現地に派遣されている駐在員が中心となって行いますが、場合によっては、客観的な立場で物事を判断できる第三者(弁護士、コンサルタントなど)を起用し、側面支援を仰ぐことをお勧めします。

 

○ 破産

    破産は、企業が期限の到来した債務を弁済することができず、かつ資産が全ての債務の弁済に満たない、もしくは明らかに弁済能力を欠く場合に取られる債務整理の方法であり、手続きにおいては、外商投資企業を含む中国の企業法人全般に対し『中華人民共和国企業破産法(以下、破産法)』が適用されています。ただし、前回のレポートでもご紹介した通り、外商投資企業においては、「利益を海外に故意に移転させた後での破産を防ぐ」といった観点からも、破産が認められないケースが一般的であり、撤退時債務超過の場合は一度増資を行い、その後、「解散・清算」へと移るケースが多いといえます。

    実務上の手続きの流れは、『破産法』の規定の通り(下記、「破産における手続きフロー」参照)となりますが、この法律に定めがない場合、民事訴訟法の関連規定が適用される形となります。

【破産における手続きフロー】

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○ 最後に

    どの企業にとっても経営が円滑に進んでいくことが最も望ましいことで、撤退は望ましいシナリオではありません。しかし、会社のおかれている状況を十分吟味した上、撤退を行うことが必要となるケースも当然あり得ます。こういった場合、必要な法律手続きをきちんと踏み、円滑な撤退をすることが次の投資へと繋がっていきます。

    企業によっては、撤退に関する手続きをきちんと踏まず、休眠会社のまま放置しているケースや、場合によっては「夜逃げ」同然で出て行く事例も聞かれます。こういった合法的な撤退手続きを踏んでいないケースの場合、当該企業が再度中国で新たな投資を行おうとしても、当局からの認可が下りなかったり、後々訴訟を起こされるといったリスクが付きまといます。また、これが合弁事業であった場合、合弁契約違反を理由に合弁相手から法的責任を追及される可能性も出てきます。こういったリスクを回避するためにも、やはり法律に沿ったきちんとした手続きを行うことが重要であるといえます。

    なお、「法律に沿ったきちんとした手続きが重要」と述べましたが、実務上、法律では規定されていない事項や、地方においては必ずしも法律通りに運用されていない事例があるのも事実です。よって、各地方の関連当局の意向等を十分に確認し、当局と円満な関係を築いていくことも同時に求められています。

    撤退においては、こういった様々な面を十分に考慮し、慎重に対応することが必要であるといえるでしょう。

 

以上

上海駐在 小原 英 

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